9th
(メンタル面について)プロとしてクリエイティブな日々を送るということは、
褒められることよりも、けなされる事が多くなります。
あなたやあなたの作ったものを好きな人もいれば、嫌いな人もいる。
そんなことは、当たり前。
しかし、自分の人生は自分だけのものです。
自分な好きなことを、信じて、そして楽しんで進んでください。
(タイムスケールについて)これは恐らくですが、
自分が納得いき、そこそこの評価を受ける作品ができるまで、
最低二十年はかかると思います。
それまで、駄作でも何でも作り続けてください。
それ以外ありません。
逆説的ですが、早咲きすると、後で苦労します。
成功体験に引きずられますので、まったく違うことをすることをお勧めします。
(個人とチームについて)現在、あらゆるクリエイティブ・ワークは、
個人ではなく、チームで行われています。
たった筆一本で作品が書ける文芸作家も編集者とともに共同作業し、
レストラン・シェフなども、30人態勢のところも少なくありません。
チームとの信頼やチーム・ビルディングは、クリエイティブに不可欠です。
(収入について)この仕事でプロとして収入を得たいのであれば、
ビジネス面での勉強やパートナーは不可欠です。
いまや作家と呼ばれる様々な人々の50%の時間や労力は、
良し悪しではなく、そちらへ使わねばならない時代になってきました。
バランスは、とても重要です。
(批評について)
例えどんなに酷評されても、素晴らしい批評家の批評には耳を傾けるべきです。
必ずあなたのためになります。
時には、批評ではなくただの批判もありますが、
そうしなければ、自分自身が成り立たない人も世の中にはいるのです。
逆に言えば、どんなに苦境でも、他人を批判して自己を形成してはいけません。
本来の自分を見失ってしまい、良い作品や人を見逃します。
(プレゼンテーションについて)
同じように、プレゼンテーションも勉強しなくてはなりません。
僕は日本では自己顕示欲が強い方だと思ってますが、
ロンドンやニューヨークに行くと、自分が華奢なのに驚きます。
僕も含め、日本と日本人のプレゼンテーション力の低さを身を持って知りました。
中国人もロシア人もブラジル人も中東の人も、勿論イギリス人もアメリカ人も、
世界の国々や人々の、自己顕示欲というか、プレゼン・パワーは、本当に勉強になります。
(最後に)そして、あらゆる可能性は、世界に広がっています。
あなたの目の前の人や、あなたの周りの人があなたを認めなくても、
世界には、必ずあなたを必要としている人がいる。
そして、その人と会うことは、可能な時代に僕らは生きている。
この21世紀は、あらゆる場所に行き、あらゆる人々と会うことは、あらゆる可能性の追求なのです。
いま僕がこうしてロンドンにいるように。
■野田やユ偽フが児童ポルノ法成立に異常に執着する理由
67 名前:名無したちの午後[] 投稿日:2009/07/15(水) 19:06:12 ID:Ri6AOHxB0
その1
2013年が最終戦争の年になるだろう。
日本ユニセフ協会は現在、特例財団法人として活動しているが、
この制度が2013年11月に廃止されてしまう。
この時点で公益財団法人に移行できないと
特例公益増進法人の指定を受けられなくなってしまう。
特定公益増進法人への寄付は一般の寄付金控除枠とは別枠で損金算入できる。
これが日本ユニセフを通した寄付金ルートの最大のメリットであり、
彼らはなんとしても死守しなくてはならない。
もし公益財団法人への移行に失敗すると一般財団法人となってこのメリットを失う。
さらに一般財団法人への移行も失敗すると解散しなくてはならない。
日本ユニセフ協会が単なる民間団体であり、国連ユニセフとは別の国内組織に
すぎないという事実が一般に知れ渡ると、天下り利権団体として国民に廃止論がわき起こる。
それを彼らは一番恐れている。
彼らは2013年までなんとか廃止論を覆い隠し、特定公益増進法人認定を受けるためには
児童ポルノ撲滅を錦の御旗に反対意見を封殺し、大きな実績をあげようと必死なんだ。
69 名前:名無したちの午後[] 投稿日:2009/07/15(水) 19:07:06 ID:Ri6AOHxB0
その2
野田聖子の場合は、日本ユニセフ協会の東郷副会長ってのがバックにいて、
野田は東郷に 認定NPOの便宜(寄付金が税控除される)を図ると共に、
自身のNPOも立てて、医師会、 看護婦会を理事に引き入れて、集金システムを確立した。
当時、認定NPOの数は野田の”ひまわりの会”を含めて、わずか8。
表向きは広く受け付けていても、議員などの根回しがないと、認定NPOにはならない構造が
あって、現在もそんなに変わってないので、95団体しか認定されてない。
で、野田が東郷のツテ(医師会や看護婦会)のNPO”ひまわりの会”を立ち上げたときに
大学の後輩のアグネス・チャンを東郷に紹介し、東郷はアグネスを親善大使に取り込んで
いったんだわ。
で、この仕組みを作ったのは、当時母親から引き継いで
日本ユニセフ協会の理事になっ いた橋本龍太郎。
特定非営利活動促進法(NPO法)は、橋本内閣が作った仕組み(実際の成立は倒閣後)で、
これによって、現在のような法人やお金持ちのところに、日本ユニセフ協会の節税担当が
出向いて税金控除の仕組みを説明して、寄付金を貰ってペイバックできる仕組みを作った。
(NPO法以前の日本ユニセフの寄付金25億>施行後、週刊誌などで
話題になった2001年で100億オーバー、現在は170億円)
つまり、橋本の集金システムの遺産を受け継いだのが野田ってことで、この急成長時に
活動費の経費計上が必要になって、水増しのために選ばれたネタが児童ポルノ法。
児童ポルノ法は1997年12月に日本ユニセフ内で考えられ、
1998年からロビー活動し、1999年に成立していて、日本ユニセフ協会の
急成長の土台(新しい組織の表の顔)を作った切っても切り離せないネタになっているので、
野田はそこがらみで、異常に規制に燃えるんだよ。
野田の政治資金の源泉だからね。
まあ、日本ユニセフ協会の自社ビル落成時(2001年)に騒がれた話なんで、
結構みんな 忘れてるよね。
編集者と話していてなんどか出たことを列記する。
国連で働いていて、紙の使用量についてISOがある。
また紙は世界において高額である。
紙はタンジブルである。
統計が欲しいが、紙で情報収集をし、紙を導線においておくことで供給とし、それに基づいて編集者が編集をうり、カメラマンが作品をうり、メディアが広告とする、というスタイルが可能なのは日本などの先進国だけであり、また韓国や日本と同様に、「英語がだめで、インターネットの情報がとれない」という国のみになっている。
例えばアフリカ大陸なり、アジア諸国なり、ほかの地域で、雑誌や本の流通も印刷もできないような情報環境に訪れたインターネットは、最初から唯一のマスメディアとして登場する。国連のボスはもともとイギリス人だが、世界各地をみていると、日本の紙の使いっぷりには驚くというし、また途上国での紙媒体の弱さと、すするようにネットワークインフラを利用する人々についての印象を教えてくれた。
「でもやっぱり紙は残る」なんていう発言をする編集者たちに、「紙がそもそもないのが世界の情報環境のデフォルトだ」というのはおどろくべき事実なんだろうか。
日本の編集者の英語能力は、語を操る人たちであるのに、はなせる人で1割以下、かける人で2割以下、読める人で5−8割程度、といったところだと大手編集の将来有望な友人がいっていた。
日本の出版が死なないと思っている編集者はやばい。おつきあいしている著名デザイン会社もまだデザインしを出していて、本にしかできないこと、質感などはまだまだたくさんあるといっていた。僕は基本的には愚かだと思う。ここで美しいのはその愚かさのみだ。
日本の編集のうちのほとんどが、人が作った雑誌の魅力のうえで、しかれたレールの上で編集をしているにすぎないし、有名大学でてそのままはいってるだけで、情報発信者でいられている気になっている。まるで自分の作品であるかのように自分の関係する雑誌を語る。
グーグルは編集だ。編集者たちがグーグルを使っているのに、雑誌編集のレベルはウェブなんかにはほとんどないレベルだというときに、彼らは情報収集においてグーグル以上の方法をほとんど知らない。彼ら自身がアルゴリズムによって編集を行っているのに、より高度なデータを恐ろしく精緻なプログラミングアルゴリズムによって自動化しているグーグルなりスタンブルアポンなりタンブラーのような編集の新潮流を根本的に理解できない。もはや編集はプログラミング能力なしには行えなくなる時代になりつつある。プログラミングとは、別に現状のようないわゆる機会言語の操作だけにとどまらないが、それでもそこにあるコーディングの素養が古典編集を消し去る時代はくる。ちょうどプログラマーに必要なモデリングの能力や訓練、条件分岐やカバレッジの能力で育つ目が、すでに職能を超えて、ユニバーサルな「目」であるように。
さて、インドにモニターを持っていく。インドの24−27のプログラマー100万人で最もよい開発環境、カスタマイズされたキーボードとマウス、24インチ+デゥアルのモニター、最低4Mの回線を提供する。
Geeks In Indiaプランで日本をたたく。まだ日本にはギークの勢力が育ちきってすらいないなか、ギークを統計的に育てて世界をたたく。
コンタクトレンズをいれたときに、恐ろしい視界が得られて驚いた。もちろんこれは「トムヨークの左目」に僕たちが邪推するように、うつくしいメロディにはよい視界は不要かもしれず、鋭い示唆/視差には、タンザニアで必要な視差は不要かもしれないのにもかかわらず、ldrizeやautopagizeやminibufferやtumblrや新しいアルゴリズムと照度と反応速度の高いインターフェイス の前には巨大モニターはいらないかのようであるのにもかかわらず、次のことをやる。意識的な動体視力の用い方と、最高のアルゴリズムの利用は、視野の拡大による脳の劣化を引き起こさない。ということを。
インド人には数学的な能力と訓練と人材と価格差がついている。が彼らはまだ漫画喫茶でプログラミングをしているにすぎない。200万のギーク予備軍が、まだ漫画喫茶でプログラミングをしているにすぎないという理由で、日本や世界各地のプログラマーととんとんのROIにとどまっている。
僕たちが彼らに提供するインフラは、
1.プログラミング能力とEQにともなって、人月神話から離れた評価というインフラ
2.インドの誰も手にしていない、優秀なプログラマーにとって重要な機材=世界を見渡せる視界
3.知的刺激と遊びの土壌
である。これで十分だ。sfcにはいってはじめてならったjavaの授業で、IIJの技術部のボスをやっていたらしい雇われ講師のすごい人は、ひととおりの基本言語文法だけ教えてAPIなどなにも教えなかった。そして「これで十分。もうなにもかもできる。」といった。僕はそのとおりに、周りがアプレットでマルバツゲームをつくっているなかで、一人だけ、グーグルアルゴリズムに近しいようなサーチエンジンを、パーサーもAPIという概念も、networkプログラミングも、ポインタすら知らない間に、つくった。僕がそのときに体験した失敗は後から見直してみれば「グーグルをつくるのに必要なのはアイデアではなくて、一人二人の天才プログラマーと、きちんとした計算機資源や資金調達のスキームの方、プログラミング抽象化レイヤーだ」だった。だから僕はストーリーテラー計画に忙しいなかでぎりぎりGeeks In Indiaプランを作る。最初に彼らにめばえるのはギークらしい自主性だろう。ひと月いってライフハックを仕込んでくる。日本でもまだほとんどされてないような先端的で天才的なライフハックを徒弟制でフォークしてくる。
さようなら日本とだれもがいわずに日本を離れる。彼らはナショナリズムもそのアンチもないままに、ただただカイゼンのために自然と無意識で離れるので、きづいたら日本にいないようだ。僕も彼らの後をおう。